4.特許請求の範囲の書き方

その2

C郵便ポストの話(発明の抽出)

  ある人が世界で初めて郵便ポストを考えたとします。
発明者の提示した郵便ポスト
 右の図(Fig.1)は、その発明者の持ってきたポストの図面です。

 時は、今から遡ること90年(?)、まだ弁理士制度も始まって10年ころというところです。

 このような発明を持ってこられると、弁理士あるいは会社の特許担当者は、従来技術を調べる必要があります。

 敵(従来技術)を調べて、この発明が従来技術との関係でどの程度まで拡張可能であるかを調べる必要があるからです。現在ではインターネットで特許庁の電子図書館に飛んでいって調べることができます。

 


飛脚(従来技術その1) さて、従来技術は次の2つのものであったとします。

*1つは右の図のように飛脚さんが家から家へ郵便を運んでいってくれる技術です。
 もちろん、ポストという公共のための集配場所は存在しません。

*他の技術は、下の図のように郵便局の局内の箱に郵便物を入れるというものです。わざわざ郵便局まで足を運ぶ必要があります。外国に出す郵便や、年賀郵便を想定すればいいでしょう。

 以上から分かることは、道端あるいは野原に郵便物を受け付ける集配箱というものがなかったことです。




 さあ、以上の事実から、そして発明者の持ってきた最初の図面から発明をどのように抽出しますか。
 また発明者にどのような助言を与えて発明を純化していきますか。これは、発明の抽出の問題であり、また特許請求の範囲の作成の問題でもあります。

 今回の発明のポイントは、郵便局まで出かけなくても済むように郵便物を集配する場所を屋外に設けたことです。

郵便物の集配を行う物(装置)を屋外に設けたために、発明者は幾つかの工夫を行っています。

(a)まず、郵便物が雨にぬれないように傘を設けた点です。
(b)次に、郵便物が盗まれないように取り出し口にカギをつけたことです。
(c)同様に、このポスト自体が盗まれないように、底部に石またはコンクリートの土台を配置した点です。
(d)更に遠くからでも目立つように照明ランプを取りつけた点です。

 これらは実施例としてのポストについての特徴ですが、
従来技術と比較しながら、これらのことが全部必要であるかどうかを検討することが大切です。

(a)まずポストに傘を設けることは必要でしょうか。実施例のポストでは、手紙等の投入口が投票箱のように上面に配置されているので、雨が降り込むおそれがありそうです。ポストの側部に投入口を配置したり、その上に小さなヒサシを設けることで傘は必ずしもささないで済みそうです。また、傘は大風などによって損傷するので、実用化に際しては問題があります。もちろん、ファッションとして優れているかもしれませんので、用途がないということではありません。

(c)また、ポストの底部に重りをつけることは必要でしょうか。ポストが地面から抜けないように工事を行ってもいいかもしれません。

(d)ポストが目立つように照明ランプを取り付けることは必要でしょうか。ランプを付けると、夜間等は便利ですが電源が必要になるので、配線工事を行う必要があり、また何かのときに漏電によって手紙が焼失するおそれも生じてきます。

なお、(c)の郵便物が盗まれないように取り出し口にカギをつけることは、屋外に配置するという点から必要のようです。

 これらの考察から、本発明は次のようなアンド条件(論理積)をとれば、従来技術から区別できるものとなりそうです。なお、それぞれの条件を物として表現できれば、これらは発明の構成要件となり得ます。

 
本発明の郵便ポストの備えるべき条件

 @郵便物を収容する容器があること。
 Aこの容器には、郵便物の投入口と回収のための口あるいは扉が存在すること。
 B郵便物の回収のための口あるいは扉には、カギがかかるようになっていること。
 C郵便物の投入口から雨が入りにくくなっていること(砂漠の国では砂が入らない?)

 このような条件を発明者に説明し、これを満足する1つの実施例を発明者に要求するか特許事務所側で提案します。
Fig.2

 これが右の図(Fig.2)の、懐かしい古い型のポストです。
 発明の本質がどこにあるかを探求することによって、このように発明自体の範囲が
発明者の提案した当初の範囲よりも広がります。また、発明者はなぜそのようなことをしたのだろう、という原理的な思考と、それだったら従来技術との関係でこうもできる、といった原理の単純化で、技術思想として非常に明確化され、強化された発明が完成します。

 発明者のもってきた図面(Fig.1)を基に忠実に発明を表現するような明細書作成者であれば、確かに発明は具体的ですので特許になる可能性は高いのですが、傘を取り外したFig.2のような郵便ポストまでも権利範囲に含まない可能性が生じてきます。このように技術思想を解明し権利としてあるべき姿を考察していかないと、他人に模倣発明の作成を許すことになります。

 ある特許事務所が公告率(今の特許になる確率と同じようなもの)の高さを自慢したので、ある人がその事務所の明細書を調べてみたら、発明者の表わした図面と同じ位に具体的に特許請求の範囲がかかれていたという昔話があります。今は多項制でいろいろの特許請求の範囲を書けるので、具体的な特許請求の範囲を書くことも悪くはありません。

 しかしながら、発明者と異なり、私たち弁理士または特許事務所のスタッフは発明についての専門家なのですから、従来技術と比較して発明を拡張し、強化することは必要なサービスといえます。

 
ところで、発明者がいきなりFig.2のような発明を持ってきたらどうなるでしょうか。もちろん、時代は昔のままと仮定します。このように発明の完成度が高くなると、発明の抽出がかえてっ難しくなるかもしれません。

 しかしながら、この場合にも従来技術との比較や、発明の適用できる場(環境)を発明者や特許担当者と共に検討していくことで、同様に発明の中心を捉えると共に、それぞれの場にふさわしい各種発明の変形を導くことができます。
 
 一般に発明者は、会社に研究者または設計者として勤務して数年以上たつと、次第に自分の担当している製品や研究課題の方に特化した考えを持つようになります。その研究や開発過程で生じた発明は、同じ会社の異なった製品に応用できることが十分考えられるような場合でも、そちらの方に発明を応用することが考えられなくなる場合が非常に多いのです。

 たとえば新聞社に設置する大型で高速のファクシミリ装置と、会社に通常設置する中型のファクシミリ装置と家庭で使用する小型で安価なファクシミリ装置はそれぞれ設計思想が異なる場合が多く、設計グループも工場も別々となっている場合があります。発明者は、自分の担当している職務が大型で高速のファクシミリ装置であったとすると、その原理を中型あるいは小型のファクシミリ装置に適用できるかどうかさえも検討できない場合が多いのです。私たち特許事務所のスタッフは、たとえばファクシミリ装置の発明であればそれが大型から小型まで各種の製品に適用できるかどうかを検討すると共に、発明の原理から見て他のまったく異なる製品にも適用できる発明であるかどうかを考察する必要があります。

特に最近では発明が各種技術の複合化によって成立している場合が多く、1つの発明を1つの適応分野に拘束して考えると、発明を十分保護することができなくなるという状況も多く発生しています。たとえばファクシミリ装置は、イメージセンサを使用しているという点で読取装置という側面を持っており、また感熱、インクジェットあるいはトナー等による記録装置を備えているということからプリンタという側面も持っています。もちろん、読取装置とプリンタが備えられているという点からはコピー機という側面も持っています。

 更に、LAN(ローカルエリアネットワーク)に接続して資源を共有化するという考えに立てば、1つの局部的な発明が色々な分野に適用できるシステム的な発明として捉えられることも多いのです。どこかの会社のカラープリンタの宣伝で、「カラーコピーもできるよ」というのがありますが、プリンタとしての発明が、ネットワークを使用することで、イメージセンサと組み合わされて、カラー複写機あるいはカラー印刷システムとしての新たな発明に発展できる可能性もあります。特許請求の範囲を考えるということは、発明の適用の分野あるいは発明の名称を模索することでもあります。

一例として、スキャナ、プリンタ、複写機の関係を示してみましょう。


同様に、スキャナにプリンタにモデム(変復調装置)を加えるとファクシミリ送受信機になります。


モデムを備えてインターネットにも接続される家庭のコンピュータがファクシミリとしてデータを送受信できるのも、専用のソフトウェアによってモデムを介してデータを送信したり受信したりすることができることによるものです。コンピュータにカラーのインクジェット等のプリンタを更に取り付ければ、カラーファクシミリ受信機になったり、オフィスで使用しているよりも高品位のカラー複写機になったりします。



 上の例の郵便ポストであれば、その形状や色等の外観についても各種適用例を考えて見ましょう。参考のために現在使用されている郵便ポストの他の例を示してみましょう。各種の色や形に対しても権利が及ぶように考えることはたいへん大切なことです。
ポスト青
「発明の効果」の欄に、ついつい「
赤いポストだから遠くからでも目立つ」なんて書くと、特許請求の範囲で色について触れていなかったとしても、その権利は実質的に「赤いポスト」と解釈されてしまいますので注意しましょう。








 ところで、最近、アメリカの特許弁護士さんから1通のダイレクトメールが送られてきました。特許請求の範囲の記載について大変有用なことを書かれていますので、これを参考に示しておきます

 以上、特許請求の範囲の作成の精神のようなことをお話しました。ここが実は一番大事なところなのですが、特許請求の範囲の書き方や構成要件についての捉え方の実務的なものに興味を持っている方も多いと思います。それで次にはこの話に移ります。

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